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アンカー 1

お風呂で考えた悲しいお話し(長文、最後まで読む価値なし)


 ある初老の老人がやってきた。ここは、とある町の理髪店。看板娘のさゆり、
「いらっしゃい。あら、お客さん、うちの店、はじめて?」
 無言。
「こっちにおかけください。今日は、どんな風に、させていただきましょう?」
 小声で
「いいように、やってくれたら、それで、ええ」
 あまり、しつこく尋ねないほうがよいと見たさゆり。
「わかったわ。うんと、男前にしてあげるわ。でも、おじさん、顔色が悪いよ。どうしたの?」
 無言。
 顔を覗き込んでじっと見つめる。
「なにか、心配事でもあるの?だったら、もう、聞かないわ」
「おじょうさんに、そんなに見つめられると、話さないわけにはいかんかな。」
「うれしいわ。でも、無理しなくていいのよ。」
「実は、、、娘が、そう、あんたと同じくらいの」
「へえ、娘さんがいるの。そうなの。」
「その娘がもうじき結婚するんや」
「あら、おめでとうございます。それで散髪に?じゃあ、とびきり、男前に刈ってあげるわ」
「それが、、、」
「それが?」
「医者がわしに、あんたの病気は、もうどれくらい持つか、よお、もって一年かなと言われたんや」
「、、、、」
「わしの肺が、だいぶ、やられてるんや。」
「、、、」
「娘のうれしそうな顔を見てると、なんで、こんな時に、こんな、明日もわからん病にかからんといかんのや、と思ってな」
「そうなんでしたか」
散髪を終える。
「おじさん、元気出して。これあげる」
一枚の小さな紙を渡す。
「これは?」
「10回券。10回きてもらったら、一回は無料にさせてもらいます」
「ああ、ありがとう。だけど、俺には、この券、無駄や」
「なんでですの?」
「そやかて、もう1年も持たん言われてんのや」
「おじさん、頑張って。娘さんのためにも、、、」
 さゆりの目に涙。
「御嬢さん、どうしやはったん?」
「すみません。つい、亡くなった父のことを思い出したんで」
「お父さん、なくなりはったんか」
「ええ、人はとってもよかったんですけど、お酒に弱くて、寒い冬の夜に、泥酔して、路上で、そのまま死んでしもたんです」
「そうかあ」
「でもね。お父さん、死んだときの顔、とっても、やすらかやったんです。」
「、、、」
「きっとね、いいお酒飲んで、楽しい夢見て、そのまま、行ってしもたんやと思います。そう、思うようにしてるんです」
「そうでしたか」
「お父さんは、勝手に死んで、良かったんかもしれないけど、残されれた私は、、、」
「そうか。そんなことがあったんか」
「だから、おじさん、死んだらあかん。娘さんに、私と同じような思いをさせたら、あかん」
「そうか、わかった。ありがと。元気出すわ」
「きっとよ。きっと、この券、使い切ってよ」
「ああ、わかった。これからも、お嬢さんに散髪してもらいにくるわ」
そして、時は流れ、衰弱した体をなんとかだまして、10回目、やってきました。
「おじさん、すごい。頑張ったね。使い切ったね。次は、ただよ。お祝いに、私も、うんと、頑張って、最高の出来上がりにして見せるわ」
「そうか。もう一度、おじょうさんに、やってもらえるかな」
「うん。がんばろう」
その男、その晩、帰らぬ人となる。通夜は翌日の夜。
喪服に身を固めて、通夜にやってきたさゆり、
「おじさん、ごめんね。券を使い切ってくれはって、喜んでいたのに。おじさんの髪を切りながら、お父さんの髪を切っているように思って、おじさんが来られるのを楽しみにしていたんよ」
心の中でつぶやき、そっと立ち上がる。喪主の娘が深々と頭を下げる。
さゆりが帰ったあと、仏壇には、ま新しい手作りの10回券が置かれていた。

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